Mystery Circle

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《 翠色の瞳達 》

《 翠色の瞳達 》

 著者:氷桜夕雅

 人間ってさ、多分わかっててやってると思うんだよね……この嫌がらせ、だから人間は嫌い。

 時刻は丑三つ時を過ぎた真夜中。初夏の過ごしやすさに研究も好調だったのだが、さすがに集中力も切れかけてきたのでそろそろ研究も一段落させてベットに入ろうかと思ったときのことだ。

 それはもうドンドンと激しく小屋の戸が叩かれた。全く、こう頻繁に叩かれるといつか壊れるわね、この古臭いオーク材の戸も。

「……またか」

 一瞬失敗作のフラスコに手が伸びそうになったが思いとどまる。投げつけてしまえば気分は晴れるかもしれないがそれと同時に自分が小屋の中にいることを相手に知らせてしまうのと同義だ。同じ失敗を繰り返さない、それをやるのは人間だけで充分だ。

「相手するのも面倒だし寝よ……」

 寝る前から欲望にまみれた人間の話なんて聞きたくもない、私はシーツを頭からすっぽり被るとベットに横になった。

 いつもならそれで終わり。普通の人間ならこんな夜中に深い森の中でいつまでも戸を叩き続ける者もいないだろう……そう思ったのだが。

「……いい加減諦めなさいよ」

横たわったまま私は吐き捨てるように呟いた、ここまで諦めを知らない奴は初めてだわ。

 どれくらい経っただろうか、戸を叩く音は一向に止まらない。ただ叩くだけならまだ我慢できるんだけど時折聞こえる声が睡眠を妨害する。

「……ママ……マァマ?」

 それはどう聞いても幼い声、それがこんな時間に森の中で聞こえるなんてどんな怪談よ。

「……けど人間でも幼い分穢れてないから、話を聞く価値はあるかな。話せれば、だけど」

 私はベットから起き上がると長く伸びた髪を乱暴に掻き毟りながら乱暴に小屋の戸を開ける。

「ったく、なんなのよ常識のない」

 小屋の前にいたのはこんな真夜中だってのに鮮やかに光り輝く長い翠色の髪の少女だった。いや少女というよりも幼女? それくらい小さい彼女はボロボロの布切れだけを纏いこちらをじっと見ている。

「ママ?」

「私の名前はセルリアン=ディースバッハ、あんたのママじゃないわよ……」

 私の言葉に土に汚れたボロボロの布切れをまとったその子は私の問いに首を傾げると──

「ママッ!」

 思いっきり私の体に抱きついてきた。

「ちょっと! だからママじゃないって言ってるでしょう、というか汚いっ!」

 いや、よく考えたらさっきからこの子「ママ」としか言ってない。……ってことは依頼なんかではないということか。

「あんたもしかして捨て子?」

 そう言って抱きつく身体を引き離そうと少女に触れたとき、私はあることに気が付いた。

「ママ、くすぐったい」

「気が付いたことがある、『ママ』以外の言葉も言えることと……そして」

 顔、首元、手の平、背中……ボロボロの布切れの中に手を突っ込みその他もろもろ触診してはっきりとわかった。

 人間とは違う、手に触れるきめ細やかな感触は人間に近いものの完璧過ぎて逆にこの子が創り物であることを知らしめている。私の知りうる限り人間ってモノはもっと歪な形をしているモノだ。

「あんた人間じゃない、ホムンクルスね」

「ほむんくるすぅ?」

「そう、それも……」

 そこまで言い掛けて私は言葉を止めた。違和感はもう一つあったけどそれを今のこの子に言っても理解なんてできないだろう。

「ママ?」

「なんでもないわ、けど人間じゃないなら歓迎するわ……どうせ行くところないんでしょう」

 私は少女の頭をわしゃわしゃと撫でてやる。別段私がこの子に構ってやる必要もないのだが放って置いて戸をいつまでも叩き続けられるよりかはましだ。

「と、なれば名前をつけてあげないとね」

「なまえ?」

 少女の翠色の髪と同じ、翠色の瞳が私をじっと見つめる。

「目が翠色してるからエメラルドでいいわ、名前ってのは適当につけたほうが後々愛着わくのよ」

「うん!」

 意味がわかっているのかいないのかよくわからないがエメラルドは嬉しそうに頷いた。

 それが私とエメラルドとの初めての出会いだった。

「エメラルド、そこの棚にある薬瓶取ってもらえる? えっと右から二つ目のやつね」

「わかりましたセルリアン、これですね」

 あの夜、エメラルドと出会った日から一ヶ月が経った。

 私はエメラルドを助手として研究に手伝わせることにした。ホムンクルスの成長は早い、エメラルドの身長は出会ったときは私の膝くらいにしかなかったのに今では倍ぐらいにまで成長している。

 わかりきっていたことだが整った体型に顔立ちも美しく腰まで伸びた翠色の長髪は私でも目を見張るほどだ。

「はい、どうぞセルリアン」

 エメラルドからフラスコを受け取るとそれを火で炙る。

「ありがと、後は私一人で充分だから貴女は好きなことしてていいわよ」

「本当!? それじゃ街に行ってきてもいい?」

「いいわよ、しかしまぁよくもあんなところに行く気になるわね」

 フラスコの中の液体の変化を見ながら私は小さく息を吐き答える。教えた訳じゃないがどうもエメラルドは人間が沢山いる街がお気に入りのようだ、さっぱりと私には理解ができないがまぁ変なことをしない限り好きにやればいいと思う。

「それじゃ行ってきますセルリアン!」

 顔は見てないが多分エメラルドは満面の笑顔で出て行った……と思う。

……時の流れは残酷だ、生きる寿命が短い者であればあるほど一瞬の煌きは華やかで美しいが消える時は儚くあっという間に消えさってしまう。

「ただいまセルリアン」

 ある時期からエメラルドは街に出かけると大抵、日が沈みかけた頃に帰ってくるようになった。

「おか……えりって、エメラルドその格好なに?」

 私は扉の前に立つエメラルドの姿を見て驚いた。いつもの私が適当に見繕ったワンピースではなくて小奇麗な花柄の洋服を着ていたからだ。パッと見ただけでも至る所に散りばめられた装飾にその洋服がかなり値の張る代物であると理解出来る。

「どう、ですかセルリアン似合ってますか?」

 エメラルドはその場でクルリとターンしてみせると、フワリと翠色の髪と空色のスカートがはためく。

 エメラルドの背はもう私と同じくらいにまで成長していてその姿はとても美しく映った。

「似合ってるわよ、けどそんないい服どこで手に入れたのよ?」

「街でお仕事してそのお金で買ったんです」

「はぁ……結構行動力あるのねあんた」

 いずれ買うか作るかしてあげないといけないとは思っていたがまさか自分で手に入れるとはね。エメラルドができそうな仕事、それを思い浮かべるとアレしかないような気がしたがあえてそれは口にしない。

「それともう一つ報告があるんです」

「へぇ、そうなの」

「好きな人ができたんです、それで来月海に行く約束をしたの」

 エメラルドは少し照れたように白い頬を紅色に染め言う。初々しいその姿はどこか初恋をしたときの自分を思い浮かべるようで心苦しかった。

 嬉しそうに言葉を紡いでいくエメラルドに鏡を見るまでもなく自分でも分かるくらいに顔が険しくなっていく。

「それは止めたほうがいいわね」

「どうして? セルリアンはいつも貴女の好きなようにしなさいって言ってたのに」

 酷く悲しそうな表情でこちらを見つめるエメラルドの顔を見ないように私は顔を背ける。

「言ってたけど、それとこれは別。わかったらさっさと休みなさい……今日は私の食事はいらないから」

 エメラルドの顔を見ることなく私は机に向い吐き捨てる。

「わかりました……おやすみなさいセルリアン」

 寂しそうに言うエメラルドの声を背に私は見えないようにただグッと拳に力を込めていた。

 その日はとても、とても暑い日だった。

 普段は静かで涼しい森の中も照らす日光でむせ返るほどの暑苦しさ。

「……こうなること知っていたんですねセルリアン」

 普段私が寝るベットでエメラルドが呟く。その声は掠れていて聞き取るのも苦労するくらいに小さい。

「まぁ、知ってたわ」

 私は机に向かい試験管を振りながら答える。

「こんな姿じゃ私だってわからないですもんね」

 そう言って皺だらけになった自分の顔をエメラルドは優しく撫でる。ホムンクルスの成長は早い、けどエメラルドの成長はその中でも著しいもの。ある日を境にもはやそれは成長ではなく老化となっていた。

 私は初めてエメラルドと会ったときに言うのを止めたあのことを口にすることにする。今の彼女ならそれの意味を理解できるだろうから。

「貴女はね、ただのホムンクルスじゃない、金持ちの性処理用に造られた使い捨てのホムンクルスなのよ」

「──っ!」

 驚き声が出ないのも当然だろう、私はただ事実だけを淡々と伝える。 

「貴女がはじめてこの小屋に来たとき私が触診したの覚えてる?」

「いえ、覚えてません」

 ボソボソと静かに告げるエメラルドに私はあの日のことを思い浮かべながらゆっくりと言葉を続けていく。

ホムンクルスでもね、ある程度なら食事とかで魔力を補って身体を保つことができる。けど貴女にはその機能はなかった、貴女にあったのは小さな身体に似合わない女性的な部分だけよ」

「さ、触ったんですかセルリアン」

「覚えてないんだからいいでしょ」

 私は立ち上がると戸棚からガラスの小瓶を取り出しベットに腰掛ける。

「ところで……これ飲んでみるエメラルド?」

「これは……?」

 エメラルドの瞳と同じ翠色をした液体の入った小瓶を彼女の前に差し出す。

「魔力増幅剤、これを飲めばある程度……といっても一日くらいだけど昔の綺麗な貴女に戻ることができるわ。ただ生成に時間がかかりすぎて多分今の貴女の老化速度からいってこれが最後になるとおもうけど」

 私の説明にエメラルドは小瓶を受け取るとじっとそれを見つめる。その一瞬の期待とそして一瞬の不安が彼女を支配するのが目に見えてわかってしまった。

「確か今日じゃなかった? 彼と海へ行くって話、それを飲んで行ってこれば?」

「いえ、やめておきます」

「そう……」

 即答したエメラルドは私に小瓶を返すとニッコリと微笑む。

「会わないほうがいい会ったらつらくなってしまう……でも作ってくれてありがとうセルリアン」

「ま、飲むのも飲まないのも貴女の自由よエメラルド」

 私はただじっと返された小瓶を見つめる。瓶に映る自分の顔は我ながら酷く哀しそうな表情をしていた。

「ねぇ、最期に一つ聞いてもいい? セルリアンはなんで人間が嫌いなの? 人間はいい人ばかりよ……特にセルリアン貴女は」

 エメラルドのその言葉に私はベットから腰を上げ、吐き捨てるように言う。

「教えないわよ。貴女は好きなまま終わりなさい」

 エメラルドは少しだけ、ほんの少しだけ驚いたように眉を動かしたがなにかを悟ったように静かに頷く。

「そっか、そうだよね……ありがとうママ」

 その言葉──

 その言葉が最期だった。

 いつものように微笑んだエメラルドの顔のまま、エメラルドの身体は乾いた土くれのように色あせ一瞬のうちにざあっと崩れ落ちた。

 そして残った鮮やかな翠色の髪だけが日光に当たりキラキラと輝いていた。

《 翠色の瞳達 了 》

【 あとがき 】

 その場所を見つけるのに時間は要しなかった。こんなことをする奴なんて限られていたから。

 私は裏路地から地下に降りる。そしてすこし広がった洞窟のような場所でソレを見つけた。

 小さな部屋に物のようにぎゅうぎゅうと押し込められた翠色の髪に翠色の瞳、どこまでもあの子と同じ瓜二つな顔を持った少女達。

 私はローブから液体の入ったフラスコを取り出すとゆっくりと少女達に近づく。

「ママ……? ママ!」

 一人が気づき一斉に翠色の瞳達が私を捉える。

「五月蝿い、私はママなんかじゃない!」

私をそう呼んでいいのはこの子じゃない、呼んでいいあの子はもう居ない。

足元に纏わりつく少女を足蹴りに吹き飛ばすとフラスコを少女達に向って投げつけた。

「あんた達のママは母なる大地よ、土くれに還りなさい」

「……マ、マ……マ」

 液体を浴びた少女達はズプズプと音を立ててその形を崩していく。

「な、お前ここで何をしている!? 何者だ!」

 見張りの男がランプで顔を涙で濡らした私を照らす、だが──もう遅い。

 なにもかもが遅い。

「ただの人間嫌いの魔術師よ!」

 私はローブから別のフラスコを取り出すと男に向って投げつけた。

かなーり昔に書いたセルリアンの二話を修正してあげる屑。

前回のMCでちらっと名前が出てたエメラルドの話、前回の時点で「エメラルドって誰やねん!」ってなってれば正しい読者。

あと後書きに追加を書くのはなんかウケたから今回もやってやろうって感じじゃなくてこの話が一番最初だったんです、信じてくださいなんでもはしません!

Icy cherry  氷桜夕雅

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