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《 公園の童話 》より(3話抜粋)

《 公園の童話 》より(3話抜粋)

 著者:すずはらなずな

 はじめに

「その公園には年寄りの それは立派な 桜の木があります」という始まりの、桜じいさんが主人公のお話をblogにUPしたのはなんと2006年、物語を書いたのはそれより以前になります。

初めてお話を書いてみようと思い、完成させたのはまた別の、天使が出て来る物語でした。(もともとのHPを消してしまったため、原稿も部分的にしか残っていません)。

子供向けの童話の形、絵本の文体で書きましたが、対象は特に「こども」を考えているわけではありません。(私の書くものは大体そうなのです)。書きたいから書くので、どうぞ響く人がいますように、そんな感じでしょうか。

1作目を飛ばし、黒猫愛のにじみ出る三作を選んで今回投稿させて頂きました。

1 《 ベンチ 》   

sakura.png

 公園のじいさん桜のそばに 古いベンチがひとつ、あります。そのベンチのところにある日少女がやって来て立ち止まり、話しかけました。

「わたし、あなたを知ってる。小さい頃お母さんとしゃぼん玉を持ってよく来たわ。しゃぼん液の蓋が上手く開けられなくって、ここで全部零しちゃったことがある。ねぇ、ベンチさん、覚えてる?」

「さあてね、大勢の子どもがここでしゃぼん玉をしたがるさ。そして子どもはよく零す。おかげでこっちはベタベタさ。迷惑な話だね」

ベンチが何と返事したか気にする風もなく

「ふふ、なんだか懐かしいね」

少女はベンチをそっと撫でて、スキップしながら行ってしまいました。

 またあるときは青年がやって来て、言いました。

「ああ、このベンチだ。小学校の初めての遠足でお弁当を食べたっけ。一緒に食べようってどうしても声を掛けられなくて一人でここに座ったら、友達がひとりまた ひとり、寄って来た。一緒に食べよう、いいベンチ見つけたね、って」

ベンチはまた 気難しく呟きます。

「小学生は泥んこ靴で足をブラブラさせるから嫌いだね。なのに、沢山の子どもがわたしに座りたがって喧嘩する」

青年も、ベンチとその辺りの景色を懐かしそうに見渡して

「あれから友達が沢山できたんだ。あの日のお弁当は最高に美味しかったよ」

そして何度も振り返り振り返り、行ってしまいました。

 このベンチで、赤ちゃんにミルクを飲ませたのがとても懐かしいというお母さんにも、初めてできた恋人とドキドキしながら座ったわ、というお嬢さんにも、ベンチは同じようにつっけんどんに答えます。そんなベンチの態度を見るにつけ、若いさくらや季節の風たちがはらはらしたりいらいらしたりするのに、じいさん桜は穏やかな顔のままベンチの答えを黙って聞いているのでした。

 お喋りすずめが公園の工事の話を聞いてきたのは、じいさん桜の花の時期が終わって公園に静けさが戻った頃でした。

「古ーいベンチなんてさ、この機会に一掃、なんてことになるんじゃない?」

カラスが勢いづいて言うと、すずめたちも

「そうそう、新しくってお洒落なベンチ、別の公園で見た。あんなベンチなら ここに似合うわよ。ねぇ、桜じいさん」

じいさん桜が返事をするかわりに、根元で昼寝していた黒猫が

「ミャウ」

一声小さく鳴いて、のっそりその場から離れて行きました。

 ベンチの下に黒猫が潜り込んだ時 、お婆さんと若い娘さんがやって来て座りました。

──おばあちゃん、おばあちゃん、思い出す?初めてここが公園になったとき、 家族で競争してこのベンチに座ったんだってね。おばあちゃん、桜の季節は賑やかだけど、おばあちゃんはこのベンチに座って見るどの季節の風景もひとつひとつ、大好きだったんだってね。おばあちゃん、そんな話を私が小さいときからいっぱいいっぱい、してくれてたんだよ。おばあちゃん、おばあちゃん、何か思い出した? 

娘さんが話しかけると、お婆さんは静かに顔を上げ辺りを見回し、小さく微笑んで、ベンチのペンキの剥がれたところをそっと指でなぞりました。ぼんやりとどこかを見ているようなその瞳に、柔らかい光が宿ったように見えました。

じいさん桜は、そんなふたりの座るベンチの上に静かな木陰を作り、さわさわと 優しい葉っぱの音を聞かせてやりました。

 ベンチの上で黒猫が動きませんと報告を受けた公園の管理の人が駆けつけたのは、そのベンチを運び出す予定の日のことでした。

「たかが猫一匹で どういうことだ」

管理の人が見にいくと、どうしたことでしょう。カラスたちとすずめたちが、ずらりと並んで行く手を邪魔します。ベンチの上にはいつもの黒猫がどっかりと座り、近づこうとすると威嚇の声を出しジロリと睨みます。カラスもすずめも、ベンチを少しでも動かそうものならいっせいに飛び掛ってきそうな様子です。

**

 じいさん桜のそばに古いベンチがあります。ペンキを塗り替えられ修理され、古いけれども それは大切にされています

ベンチは このごろこんな風につぶやきます。

──覚えていてくれて有難う。思い出にしてくれて有難う。それは何よりも幸せなことなのだね……なぁ、さくらじいさん。

そう言ってからコホンと咳払いしてはまた、気難しい顔をして黙り込むのでした。

2 《 満月の夜に 》  

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 毎年桜の花が咲きだすと、公園の係の人たちが花見客のために、提灯の準備を始めます。去年じいさん桜の周りには、花を下から照らし出すライトも取り付けられました。ますます見事な夜桜に、大勢の人がやって来て口々にじいさん桜を褒めて行きます。若い桜はそんなじいさん桜をいつも誇らしく思っておりました。

夜の花見の客が増えだすと、若い桜がうきうきするのに対して、じいさん桜がますます無口になっていくことは若い桜も気づいておりました。それでも前は ぼちぼち昔話なんぞを話してくれていたのに、去年からのじいさんときたら提灯の準備の始まる頃から、むっつりと押し黙ったまま何一つ答えてもくれません。 

お喋りすずめが言いました。

「じいさんは五月蠅い歌が嫌いなのよ。花見の客の歌ったら全く酷いものだもの」

知ったかぶりのカラスが言いました。

「じいさんはオイラがゴミの置き土産を喜ぶのが気に食わないのさ」

春風がふわりと口を挟みます。

「違うわ。桜じいさんは威張ってると思われるのが嫌なのよ。一番の人気者は桜 じいさんなのは皆、認めてるのにね」

若い桜は みんなのお喋りを聞きながら、どれもそのようであり、でもやっぱりどこか違うような気がするのでした。

 桜じいさんの足元で昼寝していた黒猫がのっそり起き上がります。黒猫はじいさん桜を首を伸ばして見上げると、慌てて飛び立つすずめをチラと横目でみただけで ツイとどこかへ行ってしまいました。誰もその棲家を知らず、いつからこの公園にいるのかもわからない黒猫、じいさん桜と同じくらい長生きしてるという噂のある黒猫です。

「桜じいさん、今日はいいお花見日和だね」

「今日の夜あたりは随分と人が集まって賑やかだろうね」

「じいさんの足元は一番人気だから、ほら、もうこんなに早くから場所を取ってる人がいるよ」

若い桜は じいさん桜の心の内が解らないまま時々話しかけてみましたが やはり じいさんは黙々と見事な花を咲かせているだけです。

 ある日、久しぶりに黒猫がまた桜じいさんの足元にやってきて、一声「ミャウ」と鳴きました。若い桜はそのとき、じいさん桜が久しぶりに「ほぅ」と 、ため息とも返事ともつかない声を出したのを聞きました。

 その夜のことです。

大勢の花見の客のそれぞれの宴がにぎやかなその時に、どうしたことでしょう、フイっとライトが消えました。続いて連なって揺れている提灯も消え 辺りは漆黒の闇になりました。一瞬のざわめきの後、誰とはなしに空を見上げると、雲の間からそれは美しい満月が現れ、じいさん桜を上から柔らかな光で照らしました。若い桜は、お月様に照らされてため息がでるほど美しいじいさん桜を見て、じいさんが一度だけポツリと言った「お月様に申し訳ない」という言葉を思い出しました。

「何でまた 電気が一斉に消えちまったんだろう」

「まぁいいさ、すぐに復旧したことだし。どこからも苦情が来なかっただけでも 儲けものなのにさ、なんとオレなんか、今日褒められちまったんだよ、素晴らしい夜桜でしたってさ。オイ黒猫、お前昨日の晩、電気に何か悪さ しなかっただろうな?」

じいさん桜の周りを掃除する公園の係の人たちの足元で 黒猫は目をつぶったまま耳だけピクン、と動かしました。

3 《やさしい黒、やわらかな闇 》

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 公園の秋も過ぎてゆき、じいさん桜のきれいに紅葉した葉もすっかり落ちてしまいました。

「なんだか寂しくなっちゃったね、桜じいさん」

立ち止まって眺めていく人もなくなった自分達の裸んぼの姿を少し不満げに見ながら、若い桜は言いました。

「やって来るのは 猫だけだ」

 じいさん桜の幹は立派で太く、冷たい風をしっかり遮ります。葉を落としたこの時期には、そばに気持ちの良い陽だまりもできます。黒猫はいつもどこが公園の中で一等暖かいか知っていて、のそりやって来てはうつらうつら眠っています。黒猫はじいさん桜と昔からの馴染みのようでありましたが、毎日傍にいても特に何か話しをする様子もありません。若い桜はそんな黒猫とじいさん桜を、少し不思議な思いで見ておりました。 

「あ、黒猫。私、猫は大好きなんだけど……黒だけはダメなんだよね」

「うんうん、解る。なんか不気味な感じするもんね」

制服の女の子たちが、お喋りしながら通り過ぎて行きます。

「あーあ、朝から黒猫横切ったぜ、不吉、不吉」

「あっちから回って行こうよ、お兄ちゃん」

公園を抜けて学校へ向かう兄弟が、その日は道を変えて行きます。

「シッ、シッ、あっちへ行け」

石を投げる男もいます。

そういう時若い桜は、黒猫に何も声をかけないでいるのが随分と薄情な気がして じいさん桜を伺い見ます。

「黒猫は不吉なんかじゃないよ。幸運を連れて来るって聞いたもん」

たまにはそんな風にかばってくれる子どももいます。若い桜は嬉しくなって黒猫の様子をチラと見るのですが、そんな時でも当の黒猫は全く気にも留めないという様子で陽だまりで目をつむったまま丸まっております。

「人間に興味なんかないっていう感じだよね、あの黒猫は」

ある日、若い桜はじいさん桜にそんな風に話しかけてみました。

「誰かを好きになった事、ないのかなぁ」

黒猫は今日も、近寄って来る気の良さそうな子どもからツイと離れ、いつもエサをくれるお婆さんが来ても、皿を置いて離れて行くまで知らん振りして待っています。

「あの黒猫が一度だけ ”女の子の猫”になった時のことは、今でもはっきり覚えている」

じいさん桜がぽつり、話し始めました。

「女の子の、猫?」

若い桜が聞きます。

「そう、女の子の飼い猫だ。その子はいつも同じ歌を歌いながらやって来るんだ。 とても優しい綺麗な歌だった。そして日向ぼっこしている黒猫を見つけると、必ず少し間を置いて座り、持ってきた本を広げて柔らかな声で読み始めるんだ。まるで黒猫に読み聞かせるようにね。毎日毎日同じようにやって来て、無理やり抱いたりエサで引き寄せたりもせず、女の子は猫と並んで座ってた。女の子の本を読む声は心地よく響いて、猫はうとうと夢見心地になりながらも続きを楽しみに聞いているようだった。女の子が来るとき歌っている、その歌が聞こえるのをあいつが心待ちにしているのが、周りの誰にでも解かったさ」

「黒猫と女の子は仲良くなったの?ねぇ、桜じいさん?」

「そうさ、いつの間にか二人の間の距離は縮まって、肌寒くなる頃黒猫は女の子の膝の上にいたんだよ」

若い桜は、女の子の膝の上で気持ちよさそうに眠る黒猫を思い浮かべました。

「『寒くなるからずっと一緒にいようね。一緒にいたらこんなに暖かいもの』

女の子は黒猫を家に誘った。野良猫暮らしを結構楽しんでいるように見えた黒猫も

女の子の誘いは心から嬉しかったようだ。──女の子について行くことにした、

ちょっと照れくさそうな顔をして、私に挨拶してきたものだ」

「じゃあ、黒猫はなぜ帰ってきたの?捨てられちゃったの?」

じいさん桜は随分長いこと返事をしませんでした。その間 何か大切なことをゆっくり思い出しているようでもあり、その話の続きをするのを躊躇うかのようでもありました。

「黒猫と一緒にいるとき。女の子が咳き込んだり目を痒そうにしたりしてることに気づいてはいたんだ」

じいさん桜は少し辛そうに言いました。

「数日したら黒猫がふらりと戻ってきた。──どうした?ノラの暮らしが懐かしくなったかい?──ふかふかの布団なんて寝苦しいだけだったんだろ?皆が口々に 言って笑った。ほんとは 『お帰り、戻って来てくれて嬉しいよ』そう言ってやれば良かったんだけれども」

「女の子の身体は猫といると調子が悪くなったの?黒猫は皆に何と答えたの?」

「何にも言わんさ。黒猫はただ前と同じように暮らしているだけだ」

「女の子は捜しに来なかったの?」

「来たとも。何度も、何度も。──心配しないで。大丈夫だから、一緒に暮らしても 絶対大丈夫だから……泣きそうな声で黒猫を呼びながら、それは一生懸命捜していたさ。しかし黒猫は隠れてしまうんだ。そして女の子が諦めるまで出てこなかった」

「ほんとに黒猫はそれで良かったの?」

じいさん桜は枝を静かに揺らします。 

「本当に何が良いかなんて誰にも解からないさ。けれどあいつはいつもいつも、あの子の歌が聞こえる気がして耳を立てる。サワサワと風の音がしているそれだけのときでもね」

 お月様のきれいな夜です。

今日はどこかで野外演奏会でもしているのか、遠くから楽の音が聞こえてきます。じいさん桜の足元に、夜にしては珍しくフイと黒猫が姿を現しました。聞き覚えのある旋律に、黒猫は耳をピンと立て、立ち止まります。

「黒は 好きな色だ」

じいさん桜は音楽の一部のように静かに響く声で呟きました。

「お月様を際立たせる優しい夜空の色。小さな星の光を包み込む柔らかな闇の色」 

じいさん桜は ひとりごとのように続けます。

「とても 美しい色だ」

黒猫は黙ったまま、しっぽをゆるりと揺らしました。

《 公園の童話 了 》

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